2013年6月5日

Road To Seitai Life 1

僕の生まれはお茶の水。

時は1971年、高度経済成長期。

皆がバリバリ働き、ほどほどに便利で、まだまだご近所付き合いも深く、モクモクのスモッグが空を覆っていたのかな。

父親は当時住宅関係のサラリーマン、母親は中学校の養護教諭(保健の先生)。

その頃は終身雇用真っ只中で年々給料が上がる時代、皆が家を建てるので景気が良く残業代で相当稼いでいたようだ。

当時にしては結婚が遅かった(父33歳の時)せいか僕が生まれたことはやはり嬉しかったらしい。

よく僕を連れ出しては遊んでくれた記憶がある。

父親は読書家で家には山のように本があった。(もちろん今でもたくさん並んでいるが)

一時期は脚本家・小説家も目指していたのよ、と母から聞いた記憶がある。

どうやら夢潰えて会社員を選んだようだった。


ちなみに漢文や漢字、日本史に関しては博士級なのではないか、と思われるくらいに精通している。

昨年あたり大学の公開講座みたいな所に足を運んで漢文の授業を受けて来たようだ。

その場で教えていた教授の誤りを指摘し、教授より深い知識を披露しその教室にいた皆を驚かせてしまったというエピソードを楽しげに話していた。
そのくらいの博識ぶり。

おかげで小さい頃から家には本が山ほどあり、おもちゃは買ってくれなくても欲しがる書物はいくらでも与えてくれた。

僕は偉人の伝記が好きで本屋の棚の端から端までのシリーズを何年かかけて買ってもらった。

他にも世界の名作だって絵本だって文系理系問わず図鑑の系統やしまいには怪獣図鑑までどんどん与えてくれた。

そんな中、当時から大好きだったプロレスに関する本もなぜだかよく買ってもらった。

もっぱらそのようなくだけた本やマンガの類いは母親のほうがよく買ってくれたのだが。


父は幼少期に父(祖父)を亡くしたうえに兄弟が多く常に貧しかったようだ。

その貧しさを癒したのが書物だったらしい。

子供のころからずっと図書室に通い詰めだったと言っていた。

そんな環境からか本や書物に関しては並々ならぬ執着があるようだ。

おかげで本を読むクセがついたことや学生時代は国語系の学科がかなり得意だったのは明らかに父親の影響であろう。

その後大学生になった僕は国語の教員になろうと思うほどであった。

(つづく)


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